ロードレーサー(ロードバイク)でいろは坂をヒルクライム

トップ > 練習・大会の記録 > 2004 > 2004.05.02 日光遠征 当日 (激坂なのか?)

このページの目次
↓GWなので遠くに....
↓荒川おそるべし
↓ロマンチック街道
↓仮眠
↓中禅寺湖
↓出撃準備
↓アタック
↓ゴール
↓生命の危険を感じた下り
↓宿へ

関連ページ
→この日のフォト集
→この日の移動軌跡

GWなので遠くに....

[場所] : セブンイレブン(武蔵野市)
    [説明] : BIKEの積み込み

待ちに待ったGW到来である。 せっかくの長期休暇なので、土日では行けない場所に行こうということになった。 候補地は、佐渡島、大島など色々意見があったが結局、日光のいろは坂を制覇しようではないかとの結論となった。

宿は群馬県利根郡片品村東小川にある『ふくたけや』を予約してある。 地図を見る限り、コンビニなど期待できそうにないのが不満ではあるが。

午前3時に永山と金子と待ち合わせし、金子のPLEO号にBIKEを積み込んで出発する。 キャリアにBIKEを積んで遠征するようになった最初の頃は、BIKEを落として天井に傷つけたらどうしようかとおっかなかったが、もう手馴れたものである。 PLEO号の天井がすでにキズだらけだからそんなに気にしなくなったというような理由ではないことは明言しておく。

原田はいつものように助手席にてカー・ナビゲーションシステムのオペレーションを担当する。 PLEO号のカー・ナビゲーションシステムは超小型GPSセンサー、DVD再生可能でアプリケーションまで動作する液晶システム兼本体、さらに本体は持ち運びができるという優れものである。 ドアポケットには緊急用のマップシステムもあり、PLEO号のナビゲーションはNASAさえも越えてしまった感がある。

↑PAGE TOP

荒川おそるべし

関越道に乗り、沼田ICを目指してゆくと、花園辺りでとても広い河が目の前に現れた。 カー・ナビゲーションシステムを見ると、な、な、なんと荒川ではないか。 武蔵野市から16kmの場所にある荒川が、なぜ武蔵野市から65kmも離れたこんな場所を流れているのか? それはッ!!、荒川は南東に向かって東京湾に流れているからである。

[場所] : セブンイレブン(武蔵野市)
    [説明] : いくぜーい [場所] : セブンイレブン(武蔵野市)
    [説明] : 深夜は眠い

しばらくすると今度は利根川が出現した。 あり?江戸川は? 地図を見て確認すると、江戸川は利根川の支流であることが判明。

藤岡、高崎、前橋を過ぎしばらくすると左手に榛名山が、右手には赤城山が見える。 榛名山と赤城山も今回の遠征の候補であったが、今回は残念ながら眺めるだけである。

↑PAGE TOP

ロマンチック街道

沼田ICで関越道を降り、国道120号線(ロマンチック街道)へと入る。 路面もきれいで、BIKEで走りたいと思わせる街道である。 薗原湖を越えた辺りですでに『ド田舎感 120%』である。 コンビニはやっぱりなさそうだ....と思っていると国道401号線との分岐である鎌田の周辺はわりと拓けている。 鎌田を過ぎ、しばらくしたところで本日の宿『ふくたけや』を発見。 『ふくたけや』は予想通りの体育会系アスリートの合宿に最適感のある宿であった。

↑PAGE TOP

仮眠

[場所] : 片品村駐車場(片品村)
    [説明] : 無料駐車場

宿の場所を確認できたので、Uターンして少し戻ったところにある無料駐車場へ入る。 標高が高い上に、小雨が降っておりとても寒いため、RIDEを本日にするか翌日にするか議論となったが、とりあえず少し仮眠をとってから考えることになった。

数時間の浅い眠りから覚め、外の天気を確認するも、路面は渇いている様子だが相変わらず寒くいまいちである。 しかし、まだ午前中で、チェックインまで何かしなければならないのでとりあえず日光に向かうことにする。 金精峠へ向かいPLEO号に揺られていると左手に凍った湖が見える。

金精峠に近づき徐々に標高が高くなってくるにつれ、雪が目立つようになってきた。 金精峠を越え、湯元温泉に向かって下ってゆく。 湯元温泉の脇には湯の湖という湖があるのか。 湯の湖を過ぎ戦場ヶ原へとさしかかる。 ここは名前の通りいかにも古戦場ですといった雰囲気が残っている。 こんな場所には絶対に住みたくないと心から思わせるような風景である。

↑PAGE TOP

中禅寺湖

[場所] : 中禅寺湖(日光市)
    [説明] : 中禅寺湖

しばらく走ってようやく中禅寺湖に。 中禅寺湖には94年頃にモーターサイクルでツーリングできたことがある。 有料道路を使わずに富士山往復(300km)した翌日にやはり有料道路を使わずに片道250km走ってきた記憶がある。 武蔵野市までの帰路がイヤでイヤで仕方ないほど疲れたという今となっては良い思い出である。 その時はHONDAのDIGREEという、地球をのんびり冒険しましょうというコピーの、ほのぼのした4サイクルのOFF車に乗っていたが、コイツがニーグリップが弱く、エンジンパワーがないので、それが疲労を招いた感じであった。 初めて所有した'89 SUZUKI RGV250γやその後乗った'91 SUZUKI RGV250γのような2サイクルレーサーレプリカはニーグリップが強力でロケットのような爆発力があったため疲労は少なかった。 '92 SUZUKI TS200Rなどの2サイクルモトクロッサーレプリカも爆発力に助けられて、疲労は抑えられていた。

加速が悪く、ニーグリップも良くない4サイクルなんちゃってOFF車、それがHONDA DIGREEであった。 ただし、二日で下道800kmツーリングという無茶なツーリングをしたため記憶には残っている。

↑PAGE TOP

出撃準備

[場所] : チェーン交換所(日光市)
    [説明] : 戦闘準備完了 [場所] : チェーン交換所(日光市)
    [説明] : 燃えている?

第2いろは坂を下ってゆく。 後で、BIKEで登るので勾配などをチェックしなければと思ったが、良く考えたら第2いろは坂は下りで、第1いろは坂が登りである。 ここはBIKEでも下るのみなのだ。

下り終え、車を駐車しておける場所を探す。 数kmほど行ったところにチェーン交換所を発見したのでそこに駐車する。 BIKEをキャリアから降ろし、レーパンとジャージに身を包むと戦闘準備完了という感じである。

↑PAGE TOP

アタック

[場所] : いろは坂(日光市)
    [説明] : 第1いろは坂を満喫中の金子

いざ出撃。 数km先のいろは坂目指して進む。 いろは坂はまだまだ先であるが、すでに勾配はキツいものがあり、この時点ですでにギアは25Tなのだが、これでいいのか原田よ。 いいのよ別に。

馬返という場所にさしかかる。 いろは坂はここから始まっている。 いつ頃までの話なのかは記憶していないが、昔はこの辺りは女人禁制、牛馬もダメだったそうである。 馬返というのはそういう背景からついた地名なんだろう。 いろは坂に入ったが勾配はそれほどではない。 伊豆の亀石峠(宇佐美側)と同じぐらいである。 もちろん、乗鞍や柳沢峠に比べれば楽であるという話で、鼻歌交じりでスイスイと登れるようなものではないのだが。

はっきり言って、いろは坂よりも出発地点からいろは坂までの道の方がキツいものがあった。 声を大にして言いたいのだが、こういった、前菜の方がメインディッシュよりもツラいパタンは困るのである。 何が困るって、つまらないのである。 燃えるものがないのである。 ガックリなのである。

しかし、登らなければROADIEとして敗北なので、登っていると、『ろ』の標識を発見する。 あれ?、『い』は? 日光市の行政に問題があるのか、それとも見落としたのか判断の難しいところではあるが、とにかく『い』は見ていない。

金子は、本番になると超本気モードで激走するのだが、なぜか練習では本番に比べてあきらかに速度が低い。 別に手を抜きまくって楽しているわけではなく、汗もかいているし、呼吸も乱れている。 しかも、本番で練習よりも格段に疲労しているかというとそうも見えない。 本番も練習も同じように疲労しているように見えるが本番になると速くなる男、それが金子である。

永山は、当然と言えば当然の全力走行である。 永山の座右の銘『向かい風上等』なので、手を抜いてもらっては困ると言うもの。 GO!!永山。

原田は、永山と金子の中間ぐらいである。 レースでは本気、乗鞍や柳沢峠などのビッグイベントも本気、その他は80%といった感じである。

↑PAGE TOP

ゴール

[場所] : 中善寺温泉(日光市)
    [説明] : ゴール直後の金子 [場所] : 中善寺温泉(日光市)
    [説明] : ゴール直後の永山と原田の3号車

じりじり登り、1時間2分でゴールする。 橋の前で記念撮影。 とても寒いので、どこか暖かい場所で休息と食事をすることにする。 BIKEを止め、レストランで食事をする。 何を注文したのかはっきり覚えていないが味は良かった記憶が残っている。 食事後、レストラン内に設置されたストーブにて暖をとる。

寒いためストーブから離れたくないが、そろそろ宿に行かねばならないため、後ろ髪引かれつつストーブに別れを告げる。 悲しみのあまり金子の目からキラリと涙がこぼれ落ちるのを原田は見逃さなかった.... そして心のなかでこうつぶやいた、『宿にもストーブはあるさ』と。

↑PAGE TOP

生命の危険を感じた下り

華厳の滝を見たくもあったが、寒いし、宿のチェックインの時間もあるしで、このまま第2いろは坂を下ることになった。 人力であるBIKEも、下りでは(走り屋でない)通常走行の自動車と同じぐらいの速度で下っていくことができる。 いろは坂のように観光目的の車が多い場所では特にそういった傾向が強い。

60km/hほどで下っていた時のこと。 路面のギャップを踏んだと思ったら、ハンドルが突然ブレはじめた。 そしてしばらくコントロール不能になる。

ヘッドの玉当たりの調整が軽すぎるのが原因のようだ。 以前、玉当たりを強くし過ぎてコーナリングでアンダーステアになったことがあったため、当たりを軽めに調整したのだが、逆に軽すぎて60km/hでの下りには耐えられないようだ。 55km/hまで減速したが、ギャップを踏むとしばらく制御不能に陥る。 モーターサイクルで、下りコーナーでセンターラインをオーバーした時に感じる体温が数度下がったような感覚と同じような生命の危機感を感じる。 モーターサイクルの時は、かなり早い段階で峠を速く駆け抜けたいという希望は諦めて、『命あっての単車だ』と言い聞かせながら自分のペースで走るようにしていた。 今回も、そう自分に言い聞かせてさらに減速する。 が、50km/hでも変わらずである。

50km/hならハンドルをとられてもそれほど危険な状態にはならないためこのままPLEOのところまで戻る。 ヘッドの玉当たり調整が今回の課題だと思いつつ、RIDEを終了する(後日追記:ヘッドのリテーナーのベアリングがいくつか砕けて紛失していた)。

↑PAGE TOP

宿へ

[場所] : 旅館ふくたけや(片品村)
    [説明] : グラウンド有り....やはり合宿向け? [場所] : 旅館ふくたけや(片品村)
    [説明] : 修学旅行を思い出した

本日の宿、『ふくたけや』に向かう。 看板に、『練習グラウンド有り』と書いている。 やはり、体育会系御用達という感じである。 スキーシーズンでもないのに、一部屋\18,000は高すぎだろ!!

修学旅行を思い出させるような作りの部屋に感激しつつ、本日最後の課題である、『ロード・オブ・リング』の鑑賞をこなす。 Part 1と2を見終え、眠りにつく。

↑PAGE TOP




(C) COPYRIGHT HIROSHI HARADA ALL RIGHTS RESERVED.
PRODUCED BY HANA & RAKU SOFTWARE
トップご利用にあたって個人情報保護に関する方針お問い合わせ
原田寛之のロードレーサー(ロードバイク)の情報
紹介ロードバイクの情報練習・大会の記録フォト集リンク集用語集
文字サイズの変更文字サイズ:大文字サイズ:中文字サイズ:小